三沢市立第三中学校    取材日:2014年9月3日  取材者:総務課工藤裕明・髙村玲

命の道を一列に『自転車による避難訓練』

避難訓練というと、授業中に地震を想定した校内放送で机の下に隠れ、そのあと慌てず騒がずに校庭に集合。先生方の講評を聞いて終わり、という記憶が残っています。

しかし、この三沢市立第三中学校では、生徒たちが自転車で学校から他の避難所まで避難する訓練を行っています。これには、三沢市の地理的な状況が関わっています。
太平洋に面して南北に長い三沢市は、幹線道路が海岸沿いを通っていて、その地域がまるごと津波警戒地帯です。

学校もその道路沿いにあり、地震が起こった場合、ただちに学校そのものから避難しなければならない上に、幹線道路自体が危険地域です。

さらに海岸沿いの住民が、高台が近くにないために、普通なら使用が制限される自動車による避難を検討するほど、迅速な避難を要する地域です。

その状況に対応したのが、自転車での避難訓練です。
とはいうものの、そういった事情が分かったのは、後で学校をお伺いして、工藤校長に直接お話を聞いてからのことです。
最初に自転車の避難訓練のことを知った時は、「一番身近な乗り物でさぞかし移動も早いだろう」という印象でした。

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そして、この日が二度目という避難訓練を取材するために、三沢市立第三中学校へ向かいました。
その際、事前にいただいた資料にあった、避難先の谷地頭団体活動センター(旧谷地頭小学校)を経由しました。
団体活動センター自体は高台にありますが、中学校に近づくにしたがい、どんどん下り、海に向かっていきます。
着いてみると、学校は国道338号線淋代海岸沿いにあり、すぐ先に海が見えます。
確かにこれでは、地震の際は校庭に集合するだけでは避難にならないと実感しました。

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みんな周知の場所のはずだが、実際にルートを写真入りで説明し、
交通標識等も確認。ルートチェックは徹底していた。

訓練開始前に、工藤校長からこの日の避難計画を教えていただきました。
およそ2.7キロ離れた海抜12メートルの谷地頭地区までみなが迅速に避難できるように、先生が先回りして避難路の安全を確認するということです。この避難路には所々に「海抜何メートル」という標識が張り出されていました。

避難路は国道から内陸へ入る車通りの少ない一本道の農道ですが、災害発生時は地域住民が避難のために同じ道を使うので、自動車、自転車、徒歩などが集中し、混雑が予想されるということです。

この日は、隣接するおおぞら小学校の児童も自動車での避難を想定し、途中まで一緒に行動することになっていて、先輩として身が引き締まる訓練となりました。

避難訓練開始。
10時40分、震度6弱の地震が発生。大津波警報が発令。

放送機器は使用不能となることを想定し、芳賀教頭が警報発令を各教室に呼びかけて回りました。
そこからいよいよ生徒たちの避難が始まりました。記者は学校待機(工藤)と、避難所先回り(髙村)、それぞれの持ち場で生徒たちの行動を見学しました。

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校舎から駐輪所へ。この通用口前は、同時に避難するおおぞら小学校児童を乗せた自動車も通る

外で待機する記者の横を生徒たちが一斉に駆け出してきました。
その間にも、同時におおぞら小学校の児童を乗せた車が、生徒の避難する駐輪所の近くを通り抜け、
その度に避難経路誘導係の先生が注意を呼び掛けます。

これは、海岸沿いの国道338号線に面している小学校の正門を避け、谷地頭への道路に直接面した
駐輪所脇の三中正門から出るためです。同時の避難訓練だけあって、こういった混乱する状況も最初から
シミュレートされています。

第一次避難場所である駐輪所広場へ、全員が避難するまで2分20秒。
ここから自転車に乗り込んだ生徒たちが、谷地頭に向けて一列になってこぎ出しました。

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谷地頭地区では、避難訓練が始まって10数分、一本道を遠くの方から生徒の自転車が一列になってやってくるのが見えました。だんだんやってくる生徒たちの隊列。各学年、私語が一切聞こえず、緊張感を持って避難訓練に臨んでいることが伝わってきました。

後で確認しましたが、駐輪所から谷地頭地区への避難に要した時間は18分。教室からの避難開始から計ると、おおよそ20分30秒。

もちろん、地震によって津波の到達時刻は変わるので、これで充分かどうかは分かりません。

しかし、工藤校長のお話では、避難終了までにかかった時間は前回とほぼ同じ。これが組織的な避難のほぼ限界のスピードだろう、とのことでした。
実際の行動を目の当たりにすると、実に整然とした、あっという間という印象の、とても見事な避難訓練でした。

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谷地頭から学校へと戻って来た生徒たちは、プロジェクターで避難路や地図を確認し、この日の避難
訓練の目的や、自分たちの行動が的確だったのかを再確認しました。
担当の先生が今回の注意点や、普段と違う点等を問いかけ、確認し、一つ一つの状況や行動の意味を
周知徹底していました。
その後、東日本大震災の日に、一人の犠牲者も出さなかった釜石地区の中学生、小学生の行動を振り
返って学んでいました。
あの日、釜石の中学生たちは大津波を前に避難場所の高台を目指しながら、小学生や周りの住民たち
を助けながら率先した避難を行ったのだと言うことです。おのずから「公助」の行動を取った釜石の
中学生、そして、普段から災害について学び、意識し、的確な訓練を行っている三沢市立第三中学校の
生徒らの行動に、記者らも多くを学ばせてもらった一日となりました。

工藤校長がこの日の総括で話しておられた言葉

「異常や災害は起こるものだと普段から意識すること」
「最後に命を守るのは自分自身の的確な判断」

この言葉を忘れずに、これからの日常生活に生かしていきたいと思います。

(取材総務課工藤裕明・髙村玲)