十和田市立切田中学校    取材日:2018年7月5日  取材者:総務課:五十洲 杏奈

江戸時代へタイムスリップ 幻の穴堰探検

 今回取材に行った切田中学校は、18年前より青森県内で初の特認校として十和田市内の小学校6年生から入学希望者を募っている。
 特認校とは、地域の過疎化対策として始められたもので、モデル校の選定基準として  主に特色のある学校経営や学区生の減少により特認生として学区外から生徒の入学を受け入れること、地域が特認校への理解を示し、協力的であることなどが定められ、青森県内初のモデル校として新生「切田中学校」として現在に至っている。

 特認校の柱として、下記の3つを掲げている。
① 少人数(1学年19名まで)※取材した1年生は、学区生3名、特認生16名の計19名
② 体験学習の充実
③ 国際理解教育
 特に③国際理解教育は、ALTの来校日が他の中学校よりも多いこと、毎年4月に三沢米軍基地内のエドグレンハイスクール訪問し事業体験と生徒との交流、ドルで買い物体験、文化部では茶華道、英会話活動等を実施し、国際色豊かな教育を行っている。

 そんな切田中学校1年生の総合的な学習の時間(探究タイム)の課題が「地域の歴史、文化、産業のために取り組む人々や組織」(地域発見学習)と設定された。自分たちが生まれ育った十和田市について自ら調べたいと思ったテーマに沿った調査活動を行い、理解を深めるとともに、切田地区の歴史学習を通じて、切田中学校が地域に支えられながら活動していることを知るというねらいがある。
 地域発見学習の本番ともいえる現地見学学習がこの日朝から1日かけて行われるということで、その中の「幻の穴堰見学」を取材した。

 「幻の穴堰」は、十和田市郊外の鞍出山にある。新渡戸傳が4年の歳月かけ稲生川を完成させたものが、コンクリート技術のなかった当時は漏水もひどく、三本木平全域を潤すためにはまだまだ取水量が足らなかった。そこで、新渡戸傳の長男で新渡戸稲造博士の父である新渡戸十次郎が2本目の稲生川の掘削を計画した。それが未完に終わったのが「幻の穴堰」である。江戸末期、てんばづるで掘った掘削跡が約950mそのまま残っており、当時の土木技術の水準の高さをうかがい知ることができる重な歴史文化遺産となっている。

 現地集合ということで、「幻の穴堰」へ直行し、小笠原カオル所長ら職員の皆さんに出迎えていただいた。

     幻の穴堰管理事務所             生徒の到着前に「幻の穴堰」の
                             レクチャーを受けた。

穴堰一帯を一目で見ることができる模型

 自然豊かな場所でもあるので、季節によって様々な表情を見せて楽しませてくれる様子。また5種類のコウモリが生息していて、それを見つけるのが見学者の楽しみの1つとなっているようだ。

 所長らと話をしているうちに、切田中学校の1年生19名が到着し、元気よく挨拶をしてくれた。見学を前に、まずは所長から穴堰についてレクチャー。生徒たちは所長の説明に耳を傾けながらメモを取り、質問に対しては事前に調査をしているためか我先にと答えていた。

 穴堰は、
① 山なりに測量をし穴堰の高さを決める。
② 横穴(斜坑)を掘り、ある一定に掘り進んだところで今度は山なりに角度と勾配を計算しながら       左右に掘り進んでいく。
③ 左右から掘り進んできた本坑が若干ずれる場合は、穴堰の中で調節する。

といった流れで掘り進んでいる。
 いずれにしても、当時としてはすごい技術であった。その工事を行ったのが岩手県和賀郡後藤村を中心とした技術者集団「南部土方衆」だったそうだ。
 穴堰を掘った工具として、ばんづるやてんばづるが使われたが、生徒たちは実際に持って体感し、「こんな重いものを持って掘っていたなんて信じられない。」といった声が上がった。

 説明終了後、楽しみにしていた穴堰見学。生徒たちは坑内がどうなっているか早く見学したくてうずうずしている様子。ヘルメットを被り長靴を履き準備万端。
 いざ、穴堰へレッツゴー!!!

懐中電灯を片手にいざ坑内へ。

 坑内は電気が点いておらず真っ暗。女子生徒たちは暗さにびっくりし、「怖い、押さないで。」と声を上げ、懐中電灯を握りしめた。
 気温は、10度前後に保たれておりひんやりとしている。坑道は、場所によって若干異なるが、高さ約1.7m、横幅1.6mとなっている。

 当時の掘削跡がそのまま残っている坑内を生徒たちは触って感触を確かめつつ、所長らの説明を聞きながらくまなく観察していた。

 途中低い場所が何か所かあり、生徒たちは頭をぶつけないよう腰を屈めながら慎重に進んでいると…

 あっ!コウモリ発見!

 みんな興味津々。見つけるたびに足を止め、じっくり観察していた。

 坑内の見学終了後、三本木開拓で唯一残されている開拓記念碑「山神の碑」へ向かった。穴堰の掘削に関わった岩手県和賀郡後藤村を中心とした17名の技術者集団の名前が刻まれており、鞍出山の穴堰貫通に成功した安政3年(1856)に建立された。
 山神とは、山の神様の日で、毎月12日のこの日は山で働く者すべての休息日だった。鞍出山の穴堰工事が無事に終わったことに感謝して建てられたものである。

 すべての見学を終え田嶋芽以さんは、「ぼこぼこした掘った跡が残っており、人の手で作ったのを実感することができた。人の温かみを感じることができて嬉しかった。」と笑顔で話してくれた。
 生徒たちは、事後活動として3時間かけてA3版の個人新聞を作成。後日伺ったところ、〇月に1つの冊子にまとめたようだ。

 特認校ならではの充実した多くの体験学習を通じて、地域の皆さんにも支えられ成長を見守られている生徒たちには、かけがえのない3年間を過ごしてほしい。

 「幻の穴堰」は一般の方も見学することができる。
 みなさんもぜひ一度訪れて、江戸時代へタイムスリップしてみませんか?

お問い合せ:幻の穴堰管理事務所
〒034-0001
十和田市大字三本木字倉手79番地
TEL/FAX 0176-26-2755
HP http://bunka-sinbun.jp/mt/mt.cgi
(「探検してみよう‼幻の穴堰」)